厚生労働省によるパワハラの指針素案の内容と問題点について

1 パワハラの指針素案の意味

以下のニュース記事の内容をご覧ください。

厚生労働省は、2019年10月21日、職場でのパワーハラスメント(パワハラ)を防止するために企業に求める指針の素案を労働政策審議会(厚労相の諮問機関)に示した。パワハラの定義や該当する場合・しない場合の例などを示したが、委員からは疑問や指摘が相次ぎ、日本労働弁護団は「パワハラの定義を矮小(わいしょう)化している」と抜本的修正を求める声明を出した。

出典:日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO51238250R21C19A0EE8000/

パワハラを防止するために企業に求める指針の素案を示したということですね。これは、2020年春に職場でのパワーハラスメント防止策が企業に義務付けられるのですが、その前に企業に求められるものがどういったものなのかを示すために厚生労働省が指針を作成しようとしているということなのです。

指針の素案を見たい方はこちらをクリックしてください。

2 パワハラ指針素案の内容と問題点

(1)パワハラの定義

これまでにも、厚生労働省はパワハラについてその定義や類型を示すなどしてきました。厚生労働省の示した定義や類型について知りたい方は以下の記事をご参照ください。

パワハラとは?どこからがパワハラ?パワハラの判断基準を弁護士が解説します

今回厚生労働省が示した指針素案は、まず、パワハラの定義について以下の通り述べています。

① 優越的な関係を背景にした言動で
② 業務上必要な範囲を超えたもので
③ 労働者の就業環境が害されること

この①~③のすべてにあてはまるものがパワハラであるとしています。この定義自体は、厚生労働者が以前に示していた以下のパワハラの定義に沿うものとなっています。

職場のパワー・ハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性(※)を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為

※上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して様々な優位性を背景に行われるものも含まれる。

出典:職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告

もっとも、指針素案をよく読むと、①の優越性について、以下の通り意味づけています。

当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が行為者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるもの

これまでは、優位性について「上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して様々な優位性を背景に行われるものも含まれる」としていたため、かなり幅広いものが含まれていました。しかし、指針素案では、「抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係」と意味づけられているため、パワハラにあたる場面がかなり限定されてしまうという問題があります。なぜなら、抵抗または拒絶することができない高い可能性が求められますが、たとえば単なる上司と部下といった関係性だけでは、いまだ拒絶可能と認定されるおそれがあるのです。

(2)パワハラの類型

さらに、厚生労働省が示した指針素案では、厚生労働省が以前に示していた6類型に沿ってパワハラにあたる具体例を提示しました。

類型パワハラにあたる例パワハラにあたらない例
身体的な攻撃・殴打、足蹴りをおこなうこと

・ケガをしかねない物を投げつけること

・誤ってぶつかる、物をぶつけてしまうなどによりケガをさせること
精神的な攻撃・人格を否定するような発言をすること(例えば、相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な発言をすることを含む)

・業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り
返し行うこと

・他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行う
こと

・相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること

・遅刻や服装の乱れなど社会的ルールやマナーを欠いた言動・行動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して強く注意をすること

・その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行っ
た労働者に対して、強く注意をすること

人間関係からの切り離し・自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること

・一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること

・新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に個室で研
修等の教育を実施すること・処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させる前に、個室で必要な研修を受けさせること
過大な要求・長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること

・新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること

・労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせ
ること

・労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せ
ること・業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること
過小な要求・管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること

・気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと

・経営上の理由により、一時的に、能力に見合わない簡易な業務に就かせること

・労働者の能力に応じて、業務内容や業務量を軽減すること

個の侵害・労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること

・労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること

・労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと

・労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと

このように具体例を示すこと自体は、パワハラという判断が難しい概念について、理解を促進させるものとして有意義だと評価できるでしょう。しかしながら、示された具体例によっては、逆にパワハラを助長してしまうことにもなりかねません。特に、パワハラにあたらない例については、パワハラを助長することのないように、あいまいな表現を避ける必要があります。そうでなければ、指針のパワハラにあたらないとされる具体例が、パワハラをした人にとっての反論材料となってしまうのです。

今回の指針素案で示された具体例のうち、たとえば、「遅刻や服装の乱れなど社会的ルールやマナーを欠いた言動・行動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して強く注意をすること」という例については、社会的ルールやマナーを欠いた言動・行動というのがあいまいで、どういう場合に強く注意をすることが許されるのかが明らかではありません。また、「強く注意」というのもどこまでの注意が許容されるのかが明らかではありません。

3 パワハラ指針に求められること

パワハラの指針において、パワハラという概念をもっと透明化しようという傾向が見受けられることについては、評価すべきだと思います。やはり、なにがパワハラにあたってなにがパワハラにあたらないのかを明確にしておくことは、パワハラをなくすためにも重要でしょう。

しかしながら、パワハラの透明化を図るにあたっては、その内容がパワハラを助長するようなものになっていないかをしっかりと検討しなければなりません。これまでパワハラとされていたものをそぎ落とすような内容であったり、パワハラをした人に反論材料を与えるような内容であってはならないのです。

kubota
厚生労働省には、今回の指針素案に対する批判を受けて、慎重かつ丁寧に議論を深めた上で、指針の作成をしてほしいところです。