1 はじめに
プライバシー権というのは、おおよそ、私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利のことをいいます。私生活というのは、公務などを離れた、その人の個人としての生活を意味します。
たとえば、以下のような自宅での生活は私生活の代表例といえるでしょう。
・家で睡眠をとる
・家でくつろぐ
一般的な用語ですと、“プライベート”と呼ばれているものです。こうしたプライバシー権を侵害された場合には、不法行為(民法709条)による損害賠償請求ができる可能性があります。
2 どんな場合にプライバシー権侵害になるの?
(1)どんな場合にプライバシー権侵害になる?
プライバシー権侵害にあたる具体例として、以下のものが挙げられます。
- 前科前歴情報の公開
- かかっている病気の公開 ※
- 手紙やDMなどの特定の相手に宛てた私信の公開
- 氏名・住所・電話番号などの住居情報の公開
- 生年月日や学籍番号などの個人の特定に結び付く情報の公開
- 収入についての情報の公開
- 食費、教育費、交際費などの家計についての情報の公開
- 書籍の購入や月刊誌・週刊誌を購読していることの公開
- 講演会への参加を申し込んだことの公開
- 政治的活動についての事実の公開
- 裸体や特殊な身体的特徴の公開
※かかっている人が少ない、症状が重い、遺伝にかかわるといった病気の公開
(2)プライバシー権侵害の要件について
それでは、どんな場合にプライバシー権の侵害となるのでしょうか。その要件について詳しくみておきましょう。プライバシー権の侵害については、以下の裁判例が重要です。
プライバシーの侵害に対し法的な救済が与えられるためには、公開された内容が私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること、一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立つた場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること、換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによつて心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められることがらであること、一般の人々に未だ知られていないことがらであることを必要とし、このような公開によつて当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたことを必要とする……。
この裁判例は、要件として、
②「一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立つた場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること」(秘匿性)、
③「一般の人々に未だ知られていないことがらであること」(非公知性)
を挙げています。
すなわち、①私事性、②秘匿性、③非公知性の3つの要件を満たす場合に、プライバシーの侵害に対する法的な救済を受けることが可能になるということです。たとえば、「XはHIVに感染している」と投稿したとしましょう。このような病歴は、①私生活上の事実ですし、②一般人を基準としても公開を欲しないでしょうし、他人の病歴を知る機会などあまりありませんから、③一般の人々に未だ知られていない事柄とえるでしょう。
3 プライバシー権が侵害された場合にできることは?
(1)はじめに
プライバシー権を侵害された場合には、不法行為(民法709条)のルールに従い、侵害した者に対して損害賠償請求をすることができる場合があります。それ以外にも、原状回復処分として謝罪広告の掲載義務が生じたり、差止請求が認められることがあります。
【プライバシー権が侵害された場合にできる可能性があるもの】
- 損害賠償請求 → お金の請求
- 差止請求 → 出版禁止・出版停止・記事や書き込みの削除・看板の撤去など
- 原状回復処分 → 謝罪広告など
(2)損害賠償請求
プライバシー権の侵害を侵害する行為が不法行為(民法709条)の要件を満たす場合には、慰謝料などの損害の賠償を請求することができます。
つまり、①故意又は過失、②権利又は法益侵害、③損害の発生、そして④因果関係という要件を満たす場合に、損害賠償の請求が可能となるのです。プライバシー権が侵害されている場合は、②の要件を満たしていることになりますので、残りの①③④の要件を満たす必要があります。
不法行為の要件についての詳しい解説は以下の記事をご参照ください。
(3)損害賠償の額
では、プライバシー権が侵害された場合の損害賠償額はいくらくらいになるでしょうか。裁判における認容額をながめると下は5000円から上は400万円までと幅が大きいです。氏名・住所等のいわゆる個人情報が公表されるなど、プライバシー権侵害の度合いが低いケースについての認容額はほとんどのケースで5000円から30万円までの間にとどまります。逆に、前科情報やHIVなどの知られたくない病気の公表されたことによるプライバシー権侵害のケースでは、100万円を超える認容額になることは少なくありません。
(4)謝罪広告等の原状回復処分
裁判所が、プライバシー権の侵害に対する救済として謝罪広告の掲載を命じることはほとんどありません。しかしながら、後に触れますが、プライバシー権の侵害に対して723条の類推適用を認め、例外的に謝罪広告の掲載を命じた裁判例もあります。
類推適用 条文にあてはまらなくても、似てるものについて条文にあてはまるとの解釈をして法律を適用することです。正確にいえば、条文をそのまま読んだ場合には要件にあてはまらなくても、本質的な部分についてその条文が想定している場面との同一性が見られるときに、その条文を適用する解釈手法のことです。
民法の723条が関係しますので、ここで723条も確認しておきましょう。
読んでいただければおわかりになるように、民法723条は名誉毀損についての条文です。一般に、裁判所は、この条文をプライバシー権が侵害された場合に類推適用することはできないと考えています。なぜなら、名誉毀損により社会的評価が低下したとしても、誤報を対外的に訂正することによって、いったん低下した評価を回復することはできますが、いったん公表・開示により侵害されたプライバシーは、公表・開示がなかった状態に回復させることはできず、723条を類推適用する前提を欠くからです。そのため、ほとんどの裁判では、プライバシー権侵害に基づく原状回復処分を否定しております。
では、前述のプライバシー権の侵害に対して723条の類推適用を認め、謝罪広告の掲載を命じた裁判例はどのように考えているのでしょうか。同裁判例をみてみましょう。
民法は、名誉侵害については、侵害の態様が広く将来に渡って継続し、かつ、損害の内容につき金銭的評価が困難であることに照らし、その損害の回復には現実的な損害回復方法である特定的な救済を認めるのが適切、かつ、合理的である場合があるとして、これを許容しているものと解される。したがって、侵害の態様や損害の性質・内容に照らし、特定的な救済が適切、かつ、合理的であると認められる場合には、名誉侵害と同様に、金銭賠償に代えまたはこれと共に特定的な救済を認めるのが相当である。……本件においては、民法七二三条を類推適用して被告らに謝罪広告を命ずるのが、損害の原状回復の方法として、有効、適切、かつ、合理的であり、また公平の理念にも合致するというべきである。
この裁判例は、「侵害の態様や損害の性質・内容に照らし、特定的な救済が適切、かつ、合理的である」という要件を満たす場合に、「被告らに謝罪広告を命ずる」ことができるとしております。この裁判例の事案は、大手消費者金融会社会長が病院の廊下で車いすに乗っている姿を雑誌に掲載したことがプライバシー権を侵害すると争われました。上に引用した部分には載っていませんが、この裁判例は、民法723条を類推適用することができる理由として、このような写真の掲載が違法であることを謝罪広告をもって周知することで、被害を一定程度回復することができると述べます。
あくまで超例外的な裁判例ですので、通常は、裁判所はプライバシー権侵害に対する救済として謝罪広告の掲載を命じることはないと理解してください。
そんなわけで、プライバシー権の侵害に対する謝罪広告請求について消極的な判例の立場からすると、プライバシー権侵害に対して謝罪広告の掲載命令を求めるのは非常に困難ではありますが、一応、謝罪広告の掲載命令が下される可能性がゼロというわけではないということです。
(5)事前差止め
事前の差し止めをすることにより、たとえば、プライバシー権を侵害する記事を含んだ雑誌の出版を差し止めることにより出版できなくすることができます。どういう場合に出版を差し止めることができるのでしょうか。これに関してはたくさんの裁判例がありますが、特に次の裁判例をみておいていただきたいところです。
「人格的価値は極めて重要な保護法益であり、物権と同様の排他性を有する権利ということができる。したがって、人格的価値を侵害された者は、人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である……。そして、どのような場合に侵害行為の事前の差止めが認められるかは、侵害行為の対象となった人物の社会的地位や侵害行為の性質に留意しつつ、予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益とを比較衡量して決すべきである。そして、侵害行為が明らかに予想され、その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり、かつ、その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるときは事前の差止めを肯認すべきである。
すなわち、出版を差し止めた場合の投稿者の不利益と、出版させた場合の被害者の不利益を天秤に載せて考察します。そして、考察の結果、
②「その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあ」ること(重大な損失を受けるおそれ)
③「その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められる」こと(事後的な回復の困難性)
という要件を満たす場合に、出版の差し止めを請求することができるのです。
(6)事後差止め
事前に差し止めをするだけではなく、プライバシー権が侵害されてから、プライバシー権を侵害する物の削除や撤去を求めることも可能です。一例として、西成テレビカメラ撤去請求事件というものがあります。これは、大阪府警が大阪市西成区のあいりん地区に街頭防犯目的を掲げてテレビカメラ15台を設置したところ、同地区で労働組合活動やボランティア活動をおこなっている者らがプライバシー権を侵害するとして争った事案です。結果的に、15台中1台については、その位置に設置しておく必要性がないなどの理由により、撤去を認めました。